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monologue #3

 

 

きょうは日曜日。珈琲好きの会社員のおおくが週に一度、何処か気にいりの

カフェで過ごす至福の時間をイメージしながら一日をスタートする、そんな

祝福に満ちたいち日。なのに、なのにどうしたことか、うちの店にはたったの

一人も来客がない。そんな苦い現実がたびたび僕らのもとを訪れた。まあ、

某雑誌の取材を二度にわたって断ったり他にもあれこれと手だてを講じながら

店が人で賑わう状態になるのを意識的に避け続けていたのだから空いていて

当たり前、泣きごとを言うほうがまちがっているのだが、とはいえ週いちばんの

稼ぎどきにがらんとした店内を眺めるのはなかなかこたえるものである。とくに

開業からの数カ月、売上や回転率といった「数字」を追い求めることよりも

来店者一人ひとりの心にどれだけ深く根を下ろせるかの方が大事だと気づ

までは客数の増減に気分が左右され、それゆえ挫折感をしばしば味わわされ

ていたのだった。

しかしこの回想録が攻撃的な語り口調ではなく、わりかし明るいトーンで

すすんでいることにも表れているように、僕らは幸運にも眉間の皺が固まって

しまうまえに、沈みきって窒息してしまうまえに、ほどなくして心強い味方を

得ることができた。自分たち以外のために珈琲を落とすことなく日曜を終えても

「さて明日また頑張るために帰ってもりもり晩ご飯たべましょ」と、鼻をかんだ

ちり紙をゴミ箱に捨てるようにあっさりと不安を断ち切れるようになったのは、

僕らが負け慣れたからではなく、まぎれもなく彼ら彼女らの存在のおかげ

なのだ。

毎週のように店に足を運び、僕らを風通しがよく陽のあたる場所に立たせ

続けてくれたサポーター、精神的な後ろ盾、数少ない常連さん、その一人が

同じ町内に住むKさんだ。2011年の秋頃にはじまり、ありがたいことにいま

もなお続いているKさんとの交流がもしもどこかの時点で止まっていたら、

僕らがどうなっていたかは想像に難くない。その別れは、清里町における

僕らの居場所を間違いなくより小さなものに変えてしまったはずだ。大げさ

ではなく本当にそう感じている。 

毎週月曜日になるとKさんは、HUTTEと自宅をむすぶ3キロほどの道のり

をしばしば歩いてやってきた。途中には風の抜けがすこぶる悪く、夏場には

天然のサウナと化す坂道もあるのだけれど、それでも簡単に車に甘えたり

せずに、むしろその厄介な行程すら慈しむように歩きとおした。僕らも普段

は自分の足をつかって移動することを好み、極力車に頼らない生活を送って

いるつもりだが、Kさんの健脚ぶりには驚きと憧れを抱かざるを得なかった。

そして「こんにちはー」と言いながら入口を開ける顔に浮かぶ、原野に一輪

明るく咲く花のように、一瞬でこちらの心を柔らかくほぐしてしまう笑み。

そんなだから僕は月曜の午前中には今かいまかとKさんの訪れを待ち

焦がれるようになっていた。

「これ、良かったら使って」と手づくりした雑貨がKさんから妻に差し出される

ことがたびたびあった。どこまでも謙虚なひとだから苦労を窺わせるような

ことはいっさい口にしないのだけど、ウールの毛糸で編まれた帽子にしろ

北欧のテキスタイルを用いた小物入れにしろ、しっかりとした造りと凝った

デザインは製作に割いた時間と注いだ労力をしずかに、しかし確かに

物語っている。タブレットを入れるのにまるであつらえたように丁度よい

サイズで「なんで見せたこともないのにこれ(タブレット)にぴったりなんだ!」

と僕らを驚かせたポーチには、妻が愛して止まない野鳥ノビタキの刺繍が

1羽、こっそり忍び込んでいたりもした。それも、下さる際には「ここにね…」

なんてタネを明かさないのがまたニクイ。

出会った当時から閉店後の今のいまに至るまで、かかりつけの医者のように

精神的な拠り所とさせてもらっているKさんのエピソードはまだまだいろいろ

あるのだが、それらはまた別の章に、たとえば店で開いたいくつかのイベント

を振り返るときにでも綴ることにする。なにしろ慎み深い人だから、いくら

イニシャルとはいえ、これ以上スポットライトを当てると本人からクレームが

届きかねない。

でももうひとつだけ「ああ、やっぱりこの人すごい。」と胸のうちでひれ伏した

一件をもって締めくくりたいと思う。4年ほど前、春まだ浅くたっぷりと雪の

残るウナベツ岳登山をご一緒したとき、その7合目あたりでのこと。日ごろ

からジョギングや山歩きで鍛えているKさんの旦那におおきく遅れをとるのは

まあ想定内。同行した山好きの友人(のちに登場してもらう関根くん)を先の

ほうに見上げるのも、まあそうなるだろうなという感じで納得の僕。 ん? 

と首をかしげたのがKさんのスピードだった。登るまえには「私、足手まとい

になるから…」と小さくなっていたのに、一方でそんなKさんを「大丈夫ですよ」

と大きな顔をして励ました数時間のちにぷるぷる小刻みに痙攣する太股ほか

「いたいいたいいたい、ほんとうにいたい」と泣きついてくる肉体を僕はどうにか

こうにかなだめすかしながら進んでいるというのに、旦那さんから遅れること

なく、それでいて余力たっぷりといった足取りでKさんは登っているのである。

そういえば冬でも2、3㎞は平気で雪道を散歩してるって言ってたっけ…。

Kさんに会うたびいつも感じる、その小柄さに似つかわしくない、なんというか

枝ぶりのよい大木みたいな揺るぎなさ、タフさ、大らかさ。そんなイメージが、

この日、より一層つよく鮮明に認識されたのだった。ちなみに日々の運動量

という意味においては僕と同程度なはずの妻にまで、この日は差をつけられる

有様で、どうやら30年弱のサッカー歴で培った貯金を知らぬ間にすっかり

失ってしまったことを僕は否応なく悟ることになった。ハンドドリップした珈琲を

休憩地点でふるまう機会がなければ(幸運にも腕は正常に動き、そこその味で

提供できた)僕のウナベツ岳登山は「おまえは非力でミネラルの足りない中年

なのだ」という事実をつきつけられて終わりの悲しい一日になるところだった。

危ない危ない。

2020-05-05 6:03 PM|だいじなお知らせComment(2)

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